五

「髭…………脱毛…………」

机に突っ伏したままうなっているのは、他ならぬファルである。

真夜と依頼人が事務所を出て、かれこれもう何時間になるだろうか。もちろん三階の真ん中の部屋のこの椅子に座ってから、一度もまだ立ち上がっていない。既に、日もほとんど暮れていた。

「ああ……もう無理だぜ…………! どうせ半日で治るんだから、いいや」

「ファル!」

ファルの後方の扉が、声と共に開いた。それにともなう振動が、本棚の中の本を揺らす。

「こらシノハル! もっと静かにできんのか! 私の上にでも本が落っこちてきたらどうするつもりだ」

「ファル、すごかったよ」

「無視するな! それにお前、まだピンク色だ!」

「兎に角これを見てくれ」

勝手に部屋に入り込んできた治彦は、ショッキングピンクのパジャマのままずんずんとファルの机にまで歩み寄り、その上にプリントアウトした何枚かの資料をおいた。

 ファルも落ち着きを取り戻したのか、ある程度平静な目つきでその資料を眺める。

「随分早いじゃないか。見直したぜ」

「いやむしろ、情報が多かったんだ。たいして時間はかからなかったよ」

そういって本棚にもたれて、一息つく。そう言えば治彦の息が少し上がっている。事務所まで走ってきたのだろう。

「着替えなかったのか?」

「仕事が先さ。自分のことよりも君の事を優先したんだよ」

「うふふ…………物は言いようだな」

話しながらも、ファルの目はその資料の細かい文字を追っていた。そしてところどころで、満足げな笑みを浮かべる。

 やがて、ファルは資料から顔を上げた。

「やっぱり私の思っていた通りだったよ。こいつは極悪人だぜ」

「ほんと、びっくりしたよ。最近噂になってたけど、まさかその人だとはね。僕の調べでは、恐らく今頃、真夜と接触しているよ」

「なに?」

少し驚いたように目が丸くなるファル。

「本当か?」

「ああ。そいつは、君の所に着た依頼主の友達の依頼をうけているらしい。目的地は、真夜もその廃校だったろ?」

「ああ……そうだが」

困惑したような表情でファルは少し考えて、

「そうか。いい情報を持ってきてくれてありがとう」

そう強引と話を終わらせようとするファルにつっかかるように治彦が言う。

「君はどうするのさ」

「どうするって?」

「真夜だよ。助けに行かなくていいのかい?」

「ああ……私は動かないよ」

「どうして?」

大袈裟な動作をつけて訊く治彦を薄目で睨みながら、ファルはけだるそうに言う。

「質問が多いなあ……私が行かなくたって大丈夫そうだからな」

「でも、そいつは例の犯人だよ。甘くはないかも――」

「うるさいな」

ファルは治彦の言葉をさえぎる。嫌そうに眉をしかめて、治彦から目を逸らした。

「とにかく、私は動かない」







 依頼ニ 5