七

「本当にこっちでいいの? 人気がどんどんなくなっていくけど」
「いいらしいですよ。ファルさんが言うには」
人間三つの足音が、闇夜の路地に響き渡る。
 人のいない夜の町というのは、不気味である。
「ふふん、こんな時間帯ならどこだってこんな人通りさ」
二人の前に立ち、先導するのはファルである。その背からは、あの時のような悠然とした雰囲気は伺えなかった。
「それにお前がいうにはこの件は全て何かしらの魔術のせいなんだろう? さすがに駅前でやるわけにはいかんだろ」
「あ、まあ。確かに」
先頭を行くため、ファルの表情が伺えない。
 懐中電灯さえ持ってはいない。しかし、この暗さにももうなれてきた頃である。
「………………というか東、なんでお前もついてきているんだ。危ないかもしれないだろ」
「危なくても決まってるよ。南がそこにいるんでしょ、行かない兄がどこにいるのさ」
東の隣を歩いていた真夜が訊く。
「南さんというのは、妹さんのお名前ですか?」
「そうだよ。あれ、言ってなかったかな」
「ふふん」
ファルの声が聞こえた。
「父親はいいのか?」
「え? なんだって?」
「いや、なんにも」
振り返りもせずにファルが答える。
「しかし」
そういって、ファルの足が止まった。後ろの二人の歩みも自然におさまる。
 ファルが二人の方を振り向く。
「ここはハズレだった。見込み違いだったよ」
その顔には、皮肉な笑みが浮かんでいた。
 三人のいる路地は、狭い。道の両側に住宅の高い塀が続いているのだ。尤も、続いていく先は闇にまぎれてしまっているのだが。
 真夜が何かに気づいたように辺りを見回した。
「ここは…………この間の……」
「ああ、もしやと思ったが…………違ったようだ」
東には、その二人の話の内容がよく分からない。それを聞いてか、不安そうにすがる声を出す東。
「どういうこと? 妹はいるんだよね、助かるんだよね」
「ああいるさ。残念ながらここではないがな。いることはいる。いることはいるが、まあ、それだけだ」
「??」
疑問は晴れることなく、東の心で滞るばかりである。
 その様子を見てか、ファルが更に言葉を続ける。
「大丈夫だ。ここ以外にも心当たりがないことはない。お前の妹と父親は、必ず『助けて』やるよ。だから――――」
ファルが次の言葉を発そうとした、その時である。

 瞬間、強い硫黄のにおいが鼻をさし、押しつぶされるような威圧感が辺りを支配したかと思うと、次の瞬間には、背の高い――と言うよりは人を越える巨大さの老人のような人影が、路地の暗がりに浮かび上がる。
 まるで、幽霊でも現れたかのようであった。そして驚く事には、老人は瞬く間もなしに、その太い両腕で東の体をがっしりと掴んでいたのである。
「え、ちょ……な、何?!」
何がなんだか理解できていないと言う様子である。
「東さんッ!」
しかし、
 老人は、東をしっかりと腕に抱きしめたまま放すことはなく、一瞬にして、路地の暗がりへとすべるようにして消えていってしまった。
 一瞬の出来事だった。
 何が起きたのかさえ、東にはわかっていなかったであろう。なにしろ、何者かによって連れ去られたのが、自分自身なのだから。
「くそッ、やられた!」
知らぬ間に、あの締め付けられるような威圧感も消え去っていた。
「あれは、悪魔ですか」
ファルはうなずく。その目は路地の闇の奥を見つめている。
「次狙われる事は想定していたが…………私たちがいてなお…………しかも二度、連続とは」
「どうします?」
真夜の表情はいつになく真剣である。
「追う。さっき言ったよな、居場所の心当たり、ないことはないって。あの悪魔が向かった先もその方向に近い。おそらく、こんどはアタリだぜ」
ファルはそういって苦々しい顔をしてから、ニヤリと笑みを浮かべた。






 依頼一 7