四

 東とその家の門前で別れた頃には、既に空は赤みがかっていた。
 もちろん東の家まで送るといっておきながら、実際には二人のほうが案内される側だったのは言うまでも無い。
 二人はとりあえず、いろいろと調べておくから、何かあればまた連絡を、とだけ言いのこして、彼が家に入ったのを確認し、事務所に向かって人通りの少なくなった道を歩き出したのだった。
「ファル、どう思います」
「ん?」
大小二つの影が並んでいる。
「魔術かぶれの妹さんがいなくなった事件ですよ」
「ん、魔術との関連性は、少なからずあるだろうな、しかも、ソロモンだぜ、マヤ。気にかかることは……」
「ああ、なるほど。この間の事もありますしね」
ファルの言葉を最後まで聞くこともなく真夜がうなずく。
「…………ん、私には、その妹さんがそこまで魔術に詳しいとは思えないんだがな」
そう言いながら、小さな胸の前で腕を組む。
「何故です? 一年の間に得る本からの知識と言うのは、馬鹿になりませんよ」
「読んだ本にもよるがな」
「まあ、そうですが……」
「東が喋っていた事は、全てあいつの妹からの受け売りなんだよな」
「そうらしいですね。けなげな努力です。あんなにも沢山の事を説明するなんて」
顔をしかめてファルは真夜を見上げる。
「そんなところを評価しなくてもいい」
そしてふんと鼻を鳴らす。
「しかし、そうすると、あいつの妹は勘違いをしていたという事になるぜ。ほら、図書館にいたとき言っていたろ。この本の原書を書いたソロモン王、だとか何とか」
そこですかさず、何かに気づいたように真夜が手を打つ。
「なるへそ! 『ソロモン王の小さな鍵』の原書を書いたのがソロモン王本人だと思っているから、ですね」
ファルがにやりと笑ってうなずく。
「『小鍵』は十七世紀にかかれた書物だぜ。ソロモンは紀元前一世紀の人物だからな。とにかく、妹はその事を知らなかったんだろうな。それにソロモンが操ったのは『無数の』悪魔だ。『小鍵』のなかの七十二の悪魔はその一部にすぎん」

「妹さんはそこまで『小さな鍵』について詳しくなかった可能性がある、というわけですね…………『小さな鍵』に『イメージの視覚化』ですか…………」
「ううむ……知識がどうかはまあこの際どうでもいいんだがなあ、私は、そいつが東に対してどういう感情を持っていたのかが気になる……」
小さな唇をすぼめるファル。
「兄に対して魔術関連の事項を幾度も説明していた、という事柄ですか?」
「……理解されたかった、と捉えることはできないかな。家族との会話がなかったのなら恐らく、妹が自分のしている事をおおっぴらに明かしていたのは兄だけ」
「妹さんの、兄に対する感情、ですか。……妹さんは一体、何を願おうとしていたんでしょうね」
ファルがにやり笑いを再開した。
「さあな、そんなことは今考えたって仕方ない事だ。とりあえず、妹が消えた、これが一番事項だぜ」
「まあ、そうですね………………ところで、まだ事務所につかないんですか」
そういってファルに視線を向ける真夜。
「知るかそんなこと。……ん? それはどういうことだ」
ファルのにやにや笑いが消える。
 二人の足が止まった。
「え? もう少しでつくかどうかってことが言いたかったんですが」
「そんなこと分かってる。私が分かってないのは道のりだ」

「はい?」

 眼鏡の奥で、真夜の目が丸くなるのがうかがえた。
「え? ファル、もしかして帰り道が分からないとか、そういうオチじゃないでしょうね。ベタすぎで許しませんよ?」
不機嫌そうに眉を寄せるのはファルである。
「何をわけのわからん事を。私はマヤ、お前が案内してくれているものだとずっと思っていたんだが。知ってるんじゃないのか? 帰り道」
「知るわけないでしょ〜〜〜〜〜〜が!!」
大袈裟なリアクションとともに悲痛な叫びを上げる真夜に、ファルが一歩退く。
「そ、そんなこと私に言われたって知るか! ばか! 知らんのなら知らんと初めから言え!」
「私だってファルが案内してくれているんだってずっと思ってたんですよ! どういうことですか!」
「どういうことって……お前なあ……!」

 その日、赤く染まった道路に大小二つの影だけが、いつまでも言い争いを続けていたという…………






 依頼一 4