七

 

「美味しかったわね〜、カツ丼」

少しだけ大きくなったお腹をぽんぽんと叩いて、神無月はほくほく顔をする。

「なんていうお店だっけ。こんど聞いとかなきゃ」

なんて独り言を呟きながら、神無月と円次朗は玄関から校舎の外へと足を踏み出す。

「気持ちいいわね、やっぱり外は。どうせなら外で食べればよかったわ」

しかし円次朗からの反応はない。先ほどからなにやら考え込んでしまって、キセルを弄繰り回し続けているのだ。

 そんな様子を傍目で見て、神無月は、にや、と笑った。

「円次朗の作戦、失敗しちゃったね。やっぱり犯人は吉田先生じゃないよ。だっておごってくれたし」

「現金なやつだな君は。それに作戦とは何のことだ」

久しぶりに返答が返ってくる。不機嫌そうだ。いや、いつでもそんな感じか。

「またまた、とぼけちゃって。なにも恥ずかしがることないわよ。あのとき、レインコートの事訊いたじゃない」

「ああ、あれか」

白々しい、と神無月は思った。

「しかしあれが君の言う作戦だったとしたら、成功に限りなく近いぞ」

強がっちゃって。

「む、なんだその顔は。信用していないな。愚か者め、これだから凡人は。何もわかっちゃいない」

「失敗は誰にでもあるの。だから、前向きにネ」

「……………………」

まただんまりが始まった。そう心の中で思って、神無月はちょっと笑った。

 知らず知らずのうちに事件現場に足が向いていた。

 しかし、すでにほとんどの機材は片付けられ、警官の人数もはじめ来たときよりだいぶ減っている。

 その中の一人に、あのときのたれ目の若い巡査を見つけたので、神無月は訊いてみる。

「あの、どうかしたんですか。なんだか人数が減っちゃってるみたいですけど」

「ああ、ここの担当の刑事が、九分九厘自殺だろうと判断しまして。殺人課の出番はないから、早めに切り上げるぞ、と」

「自殺、ですか……」

今までの円次朗の話を聞いている神無月としては、なんとも飲み込めない状況だったが、自分が口を出せる状況ではないことも確かだ。

 それでは私も、と敬礼をして帰ろうとする警官を、しかし円次朗は呼び止める。

「君」

「え、はい」

「君の上司に伝えておいてくれ。もう少しだけここにとどまっていてくれとな。まだ仕事はある」

「仕事……とは」

「もちろん、犯人様をお送りするという大仕事だ」

一瞬彼はぽかんと口を開けて、

「は、犯人?」

と呟いたが、次の瞬間漸く事態を呑み込めたと言うように表情が引き締まる。驚きも混じっているようだった。

「は、はいッ! すぐに伝えてまいりますッ!」

慌てて走り去る彼を見送って、円次朗は腕を組んだ。

「どうするの? 犯人、捕まえられるの?」

「もちろんだ。ぼくに解けない謎があると思うか」

いや、今日初めて会った人にそんなこと言われてもなあ……

 しかし、言っていることは自信満々なのに、その顔はなぜか満足げではなかった。なにかまだひっかかる事があるという顔だ。

「神無月くん」

突然名前を呼ばれ、ふと我に返る。

「な、何?」

「君、金は持っているか」

「お金? まあ、一応あるけど」

「自転車は」

「あるわ」

「好都合だ。最悪他人のものでも使おうかと思ったが、手間が省けた」

なんて事を言うやつだろう。

「何なのよ突然」

うむ、とうなづく円次朗。

「実は君に頼みがあるんだ。ぼくの直々のお願いだ。心して聞くように」

「いちいち腹の立つ言い方ね。それで、頼みって?」

「うむ、これからぼくの言うものを、買ってきてはくれまいか。なに、自転車を使えばすぐに近くの店にでも行ってこられるだろう」

「……は?」

何を言い出すのだ、いきなり。

「え? なんなのよ、それ」

「すぐになんなのかわかるよ。それより、頼まれてくれるな」

「まあ、事件に関係あるなら頼まれてあげないこともないけど……一体何を買ってくればいいのよ」

「うむ……」

そうやって、円次朗は『買ってきて欲しいもの』を神無月に告げた。

「え? そんなものどうするの?」

「すぐにわかる。頼むぞ、君にかかってる」

こうやってすぐオーバーな表現をする。

「わかったわよ……一つでいいのね」

「ああ、頼んだぞ」

神無月は一つため息をつくと、自転車置き場に向かった。

 やっぱり、円次朗の考えている事はさっぱり分からない。










八へ続く