六

 

「ガイシャの写真です」

円次朗が自分の着物の裾から一枚の写真を取り出し、隣でカツ丼を食べ終わったばかりの吉田先生に差し出した。

「円次朗! 私、まだ食べ終わってないのよ!」

「見なけりゃいいだろう。ぼくが話しているのはあくまで吉田先生だ。君ではない。よそ者は黙っていろ」

「なによ〜〜〜!」

神無月は一度円次朗を睨むと、口の端にご飯粒をつけたまま、ぷい、とそっぽを向いた。

 気を取り直して、と円次朗が何事もなかったかのように吉田先生に話しかける。

「食事のすぐ後で申し訳ありませんが、この写真、わかりますよね」

ペットボトルのお茶を一口飲んで、吉田先生はうなずく。

「中川先生の……」

「そうです。まず訊きます。この写真の状態と、あなたが彼の死体を見つけたときの状態は、変わりありませんね」

「はい。間違いありません。この状態です。私は指一本触れていない」

「少しこれからあなたにお訊きしたい。この写真の中で、何か見覚えがあるものはありませんか?」

「見覚えのあるもの?」

「そうです。こんなズボンをはいているところは見た事がない、とかそんな程度で構いません」

最後に、そういう小さな情報が、事件を紐解くには大切なんです、と付け足して締めくくった。

「そうですか……」

と吉田先生は腕を組んで、う〜んとうなる。

 神無月は嫌と言いながらも隣が気になるのか、ちらちらと様子を探るように盗み見ていた。

 吉田先生のう〜んが長くなりそうだったので、円次朗は静かに口を開いた。

「わかりました。順に行きましょう」

ぴ、と写真に人差し指を向ける円次朗。

「髪型はどうですか」

「変わりありません」

「では、この靴下」

「いや、さすがにそこまでは……」

ですよね、と笑う円次朗。

「では、このスーツ。いつもと変わりは」

「ありません。そんな感じのものでしたね、いつも」

「そうですか、では」

ぴし、と指で指し示す。目は、少しの表情の変化も見逃すまいとでも言うかのようにしっかりと吉田先生の顔を捉えている。

「このカッパは」

「………………」

どうですか、と円次朗は更に問いかける。

「見覚えはありますか?」

「………………これは……」

「はい」

吉田先生は食い入るように写真を見つめた。

「これは……私の……」

「はい?」

神無月はどきりとした。何故なら、このレインコートが吉田先生のものだと知っているのは、状況から見て犯人だけなのだ。先ほどの警察の証言によれば、発見された死体の状況からはレインコートの名前は見えなかったらしいから、死体に指一本触れていないと言った吉田先生がそれを知っているのはおかしいと言う事になる。

 つまり、これを自分のものだと認めた瞬間、それはつまり自分は犯人だと自白していることになるのだ。

 カツ丼を食べる手も止まり、神無月はごくりとつばを飲んだ。これは円次朗の罠だ。

「私の……なんですか?」

円次朗が訊き返す。

「私の……」

吉田先生は自分を疑う円次朗の様子などには気がついてもいない様子だった。

 神無月のドキドキが高まる中、吉田先生は口を開いた。

「私のものに似ている。うん、これに近い物を私も使っていますよ」

少しの間の沈黙。

「…………そうですか」

円次朗は静かにそう言って、目線を吉田先生から離す。神無月は、ふう、とたまっていた息をついた。別に彼に加担しているわけではないが、息の詰る状況から抜け出せたと言う意味合いも込めてだ。

 結局、彼を犯人だと特定するには至らなかったようだ。

 何かを考え込む円次朗に向かって、吉田先生は声をかけた。

「もう、よろしいんですか?」

円次朗は顔を上げて笑った。

「ええ。ありがとうございました」










七へ続く