二
『えー、皆さんにはショックな話ではあると思いますが……』
茜桜高等学校体育館。今は全校生徒がここに集められ、校長からの話を聞いている。昨日の雨が嘘のように晴れ上がった今日、登校してきてすぐ、ここに集められたのである。もちろん全校集会の予定など聞いていなかったのであるが。その中にたたずむ一年生、金色の髪の神無月は、退屈げに腕を組んでいた。頭の上に結んだ淡い緑色のバンダナと緑のワンピースが、気の強そうな彼女を落ち着かせている。更にはバンダナの上のゴーグルも、その一端である。尤も、この高校では服装の制限が全くといっていいほどないので、彼女のすぐ隣から、黄、青、白……と続いていたりする。
「あ〜あ、面倒臭いなあ……朝礼ほどつまらないものはないわ」
神無月の愚痴がまわりに聞こえていない証拠に、彼女以外の人物は何故か真剣に先生の話を聞いている。
「これじゃあ、今日から来るっていう転校生も災難ねえ……なんだって登校初日から緊急集会なのかね。それよりもなんでこんな五月なんて中途半端な時期に転校なんかしてくるのかしら……名前は……たしか、ヒガサンとかいったっけ……」
しかしそんな他事も、次の校長の話を聞いて、黙らずにはいられなくなる。
『…………実は、先日三年二組の担任、中川義臣先生が、昨夜お亡くなりになりました……』
は?
いきなりなんだというのだ。
入学してまだ一ヶ月だし、三年生の担任だって言うから、中川という先生など顔も見た事はなかったが…………死んだ?
死因は何なのか、正確にはいつ亡くなったのか、どこで亡くなったのかそのほかいろいろな事を好奇心旺盛な神無月は知りたがったが、校長はその辺りを全て伏せて話しているようだった。結局この全校集会で話されたことは、昨日の夜、彼は学校で死亡した事と、生徒は全員これからすぐに下校し、三日間は登校しないようにとのことだけであった。
緊急集会が閉会され、解散がかかる。ざわめきは収まるところを知らないようにいつまでも続いていく。三日間休校になったからヤッホーという生徒は、さすがに一人もいないようだった。しかし、休校の原因が校内の教師の死亡だというのだから当然といえば当然である。
神無月も体育館を出ようとする皆の波に呑まれるようにしながら、外へと足を向けた。早いものはもうすでに校門から出て、帰路についているようだった。下駄箱に駆け寄ろうとした神無月は、立ち止まって少し考えてから、トイレへと向かった。
用を足してから、手を洗う。
「それにしてもまあ…………学校側も大変だろうねえ……」
ハンカチで手を拭いて、トイレから出ると、もうすでに人影はほとんどなかった。小の方だったというのに、こういうときばかりの生徒の迅速な行動力には、感服である。
「でも寿命でなくなったのなら三日間休みにする必要もないような気がするけど…………あっ」
遠くからのサイレンの音がして、窓からすぐ外の通りを見てみる。
「パトカー! 学校に入ってくる」
二台のパトカーが校門を抜けているところだった。
「ははん……読めたわ。なんか事件がおきたのね。問題になりそうだから、休校ってわけか……」
しかし神無月には関係のないことである。
「私も帰ろっと。……家に帰って、頼まれてた掃除機修理しなきゃ」
独り言を呟きながら、靴を履く。そして玄関を出ようとすると、門の付近、校舎のすぐ隣に群がる警官が目に入った。
これでは門を出ることができない。パトカーもここに止まっているようだった。さっきの二台は追加できたもののようだった。そう言えば登校してきた時、一台だけパトカーが門の近くに止まっていたような気はした。仕方なく、別の方角の門へ向かおうと方向転換する。
「ちょっと君」
家の方向と違うから面倒臭いのよね……と内心思いながら歩いていく。
「君だ君。バンダナの」
そこまで言われて初めて気づいた。なんだ私のことか。しかし、警官ににらまれるような事はした覚えがない。
作り笑いを浮かべながらふり返る。
「な、なんでしょう。私事件とは関係ありませんよ?」
「そういう用事ではない。もし、事件に関わりがあるような用事ならもっと頭のよさそうな人間を選ぶ」
そう言ったのは、警官の波に呑まれてしまいそうな小さな少年だった。なんだ、敬語で話しかけて損した。しかしなんと言う口の聞き方だろう。礼儀というものを知らないのか。
人形のように整った顔を仏頂面にして、彼は近づいてきた。今はあまり見ない和服である。紺色の着物から出した両腕を前で組んで、いかにも不機嫌そうであった。歩くたびからからと音がするのは、その足に履いているのが下駄だからであろう。口には長いキセルをくわえており、外見の子供っぽさとのギャップで思わず吹き出しそうになってしまった。
「む、何がおかしい」
「いや……あなた子供でしょう。キセルなんか吸ってていいの? 警察も沢山いるのに」
「馬鹿者め、目に毒でも詰まっているんじゃないか君は。煙が上がっているように見えるか?」
本当だ。よく見ると火がついていない。中に詰めるはずのものもない。というか、なんと言う言葉遣いだ。
呆れたように目を細めて、神無月よりも頭一個分小さな彼は警官を指差して続けた。
「それに彼らは知りあいだ。今回事件の捜査を依頼されてね。こうして僕が来ているというわけだよ」
いや、よく意味が分からない。
「なに? じゃあ……あなたは警察関係者ってこと?」
「うむ……それについては後々話そう。とりあえず君を呼んだ用件だ」
そう言えば何か用事があって話しかけてきたはずだった。しかし初対面のはずなのにものすごい口の悪さだ。
「校内を案内してくれないか。何しろ今日ここへ来たばかりでね。これから少々世話になる校舎だ。構造を頭に入れておこうと思ってね」
「へえ………………」
え?
「もしかして、あなた、今日から転校してきたっていう転校生?」
「いかにも」
「ってことは、同級生?! まさか! その背で!」
その言葉に彼は思い切り眉をしかませて、
「黙れ!」
三へ続く